大判例

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東京高等裁判所 昭和51年(ツ)39号 判決

上告人

川崎二郎

上告人

渡辺房次郎

右両名訴訟代理人

川本赳夫

被上告人

斉藤あき

右訴訟代理人

板倉貫

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取消す。

被上告人の本訴請求をいずれも棄却する。

被上告人は上告人川崎二郎に対し、別紙目録(一)記載の各土地につき所有権移転登記手続をせよ。

被上告人は上告人渡辺房次郎に対し、別紙目録(二)記載の各土地につき所有権移転登記手続をせよ。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

一本件上告の理由〈省略〉

二当裁判所の判断

上告理由5の(二)について。

原判決が適法に確定した事実関係は次のとおりである。

1  本件(一)及び(二)の土地はもと石井善夫(戸主)が所有していたところ、同人は昭和二〇年六月二〇日に死亡し、家督相続人の選定がなされないうちに改正後の民法が施行された昭和二三年一月一日を経過し、同法附則二五条二項により新民法が適用される結果、同人の相続人は配偶者たる被上告人及び母石井りせの両名となつた。被上告人及び石井りせは戦時中館山市北条に居住していたが、戦後のいわゆる農地解放により、本件(一)及び(二)の土地を含む旧保田町所在の石井善夫の遺産たる農地が国の買収処分をうけるおそれが生じたので、被上告人が昭和二三年三月単身旧保田町に居住して耕作に従事する等右財産の管理を開始した。当時石井りせは、自ら耕作に従事するつもりがなく、長男の嫁である被上告人に老後の面倒をみてもらいたいと希望していたので、国の買収処分を免れるために事実上相続を放棄することとし、その目的のために本件(一)及び(二)の土地を被上告人が単独で取得するよう遺産分割をし、昭和二三年四月三〇日右各土地につき被上告人のため相続を原因とする所有権移転登記が経由され、かくして右各土地は被上告人が単独で所有することとなつた。

2  旧保田町に帰住した被上告人は義理の叔父である石井恒吉一家と同居し、同人らと本件(一)及び(二)の土地等の耕作管理を続けていたが、昭和二四年一二月二六日旧保田町を離れ、市原市五井所在の実家に戻り、昭和二五年一月二六日結婚前の氏に復し、同年二月一日斉藤章と再婚した。そして被上告人と入れ違いに同年一月五日頃石井善夫の弟である石井勲が妻のよし(被上告人の妹である。)、母の石井りせらと共に旧保田町に移り住み、前記石井恒吉一家と共に右各土地等の耕作管理に従事するようになつた。しかし、石井勲らは右移住につき被上告人に対し何の連絡もしなかつた。

3  石井勲は旧保田町に帰住後はいわゆる石井家の当主として行動し、旧民法上の家の観念、なかんずく家督相続及び家産維持の観念が払拭されていなかつたため、被上告人がいわゆる婚家を去つたことにより本件(一)及び(二)の土地を含む石井善夫の遺産(いわゆる石井家の家産)は被上告人の所有を離れ、当然に当主たる自己が所有するところとなつたものと信じ、妻よしと共に右遺産につき一切の公租公課の納入をし、その占有管理をなしてきた。なお、前記石井恒吉一家は昭和二五年六月頃横浜市に移住した。

これに対し、被上告人も右に述べた石井勲の場合と同様の理由から自己が承継した石井善夫の遺産に対する所有権は石井家を去ることによつて当然に失うのではないかと誤解したため、本件(一)及び(二)の土地等に対する関心を失い、実家に戻るに当りそれまで同居していた義理の叔父石井恒吉にこれらの土地の管理を依頼することもなく、以後これらを管理することはもちろん、訪れたこともなく、小作料の徴収を図つたり、公租公課を自ら負担しようとしたことも全くなかつた。なお、被上告人は昭和二三年四月頃から右各土地等の権利証を石井りせに預けたままにしていた。

4  石井勲は、右のように本件(一)及び(二)の土地を自己の所有物と信じていたので、被上告人に何ら相談することなく自らが売主となつて上告人らの代理人川崎栄太郎と昭和二八年五月一一日本件(一)の(1)及び(二)の土地につき、同年七月頃本件(一)の(2)ないし(11)の土地につきそれぞれ代金一〇万円として売買契約を締結し、その頃同人に対し権利証を交付して同人より右代金を受領したが、被上告人には全くその金員を交付しなかつた。一方川崎栄太郎も本件(一)及び(二)の土地はいわゆる石井家の所有物、換言すれば石井家の当主である石井勲の所有物と信じて右契約を締結した。そして昭和三四年四月二〇日付で右各土地のうちの農地について被上告人から上告人らへの所有権移転を許可する旨の千葉県知事の許可がなされた(ただし、右許可申請手続に被上告人が関与した事実は認められない。)。

5  右売買契約の締結に伴い、上告人川崎二郎は本件(一)の(1)の土地を昭和二八年五月一一日から、本件(一)の(2)ないし(11)の土地を同年七月頃から、また上告人渡辺房次郎は本件(二)の土地を同年五月一一日からそれぞれ石井勲より引渡をうけて耕作又は管理を開始し、これらの土地を現に占有している。なお、本件(一)の土地については上告人川崎二郎のため、本件(二)の土地については上告人渡辺房次郎のためいずれも昭和四六年一〇月二六日付をもつて所有権移転仮登記が経由されている。

以上の事実関係のもとにおいて、原判決は、上告人らが被上告人の本訴請求(上告人らに対し本件(一)及び(二)の土地についての所有権確認と所有権移転仮登記の抹消を求めるもの)に対する抗弁及び反訴(被上告人に対し右各土地につき所有権移転登記又は右仮登記に基づく本登記を求めるもの)の請求原因として主張した昭和二五年一月五日を始期とする二〇年の取得時効の主張について、石井勲は所有の意思をもつて平穏かつ公然に右同日から本件(一)及び(二)の土地を昭和二八年五月一一日まで、本件(一)の(2)ないし(11)の土地を同年七月まで継続して占有したものと推定される旨判示しながら、民法一六二条所定の占有における所有の意思の有無は占有取得の原因たる事実によつて客観的に定められるべきものであるとして、石井勲の右占有開始を客観的に判断すれば、所有者と親族関係にある者が何ら所有権取得原因をもたないで占有を開始したものというべく、その主観的意図はともかくとして、客観的には右のような場合は事務管理による占有開始と判断するのが正当であり、したがつて石井勲の前記占有の態様は他主占有であると判示し、上告人らの前記取得時効の主張を排斥している。

思うに、占有の取得が法律行為、行政処分等の法律上の原因(その有効、無効は別として)に基づく場合には、当該占有が民法一六二条一項の取得時効の要件たる所有の意思をもつてする占有、すなわち自主占有といえるためには、右法律上の原因が売買・贈与・売渡処分のように所有権の移転を目的とするものであることがまず必要であり、しからざるとき、すなわち賃貸借、寄託等によつて占有が取得されたときは、たとえ占有者において主観的には目的物が自己の所有に属するものと考えていたとしても、その取得原因の客観的性質上自主占有とは認められない。しかしながら、右と異なり占有の取得が明確な法律上の原因に基づかない場合、例えば占有取得者において所有権移転を生ぜしめる原因が客観的には存在しないのに存在するものと誤信し、目的物が自己の所有に属するものと信じていたような場合については、法律上の原因が欠けていることから直ちにその占有を自主占有とはいえないと結論すべきではなく、時効制度の趣旨に照らして考えれば、当該占有の取得の経緯、その後の態様等を検討し、占有が客観的外形的にみて所有者としての意思をもつてなされているものと認められるような事情が存在するときには、その占有をもつて自主占有と認めるのが相当である。

これを本件についてみるに、原判決によれば、上告人ら主張の石井勲が被上告人から本件(一)及び(二)の土地の贈与をうけた事実は証拠上認められない。一方、被上告人が石井勲に対し右各土地の占有管理を委託した事実もなく、前記引用のとおり石井勲は被上告人が婚家を去つたことにより当然に自己が右各土地を所有するに至つたものと信じてその占有を開始し、これを継続していたというのであるから、右に説示したところに従い、右占有の態様を客観的に検討すべきところ、原判決が確定した前記事実関係、すなわち、石井勲が被上告人と入れ違いに本件(一)及び(二)の土地の占有を開始した経緯、その後同人が公租公課の一切を負担してきた事実、被上告人の右各土地の占有、所有関係に対する無関心な態度、その後石井勲が右各土地を自己の所有物として上告人らに売渡した経緯、石井勲と石井善夫や被上告人との間の身分関係等に照らせば、石井勲の前記占有は、所有の意思をもつてするものと認められるような客観的事情のもとでのものというべく、これを自主占有と認めるに十分である。そして前記引用の事実関係のもとにおいては、石井勲の占有が民法一六二条一項所定の他の要件を備えており、同人から売買契約に基づき占有を承継した上告人川崎二郎が本件(一)の土地、上告人渡辺房次郎が本件(二)の土地を所有の意思をもつて平穏かつ公然に現在に至るまで占有しているものと推定されることは原判決の判示するとおりであり、これらの点について被上告人から特段の主張、立証はなされていないから、石井勲の占有開始時である昭和二五年一月五日より二〇年を経過した昭和四五年一月五日に上告人川崎二郎は本件(一)の土地、上告人渡辺房次郎は本件(二)の土地をそれぞれ時効取得したものというべく、上告人らの二〇年の取得時効の主張は理由がある。したがつて被上告人の本訴請求はいずれも失当として棄却すべく、上告人らの反訴請求のうちの本位的請求、すなわち被上告人に対し本件(一)及び(二)の土地につきそれぞれ所有権移転登記を求める請求は正当として認容すべきものである。

しかるに原判決は、前記のように石井勲は何ら所有権取得原因をもたないで占有を開始したもので、これを客観的にみれば事務管理による占有開始というほかないとの理由からその占有を他主占有であると解し、上告人らの二〇年の取得時効の主張を排斥し、結局被上告人の本訴請求を認容するとともに上告人らの反訴請求を棄却しているが、右は民法一六二条一項の解釈適用を誤つたものというべきであり、その違法は原判決の結論に影響のあることが明らかである。それゆえ、この点の違法をいう論旨は理由があるから、原判決を破棄し、被上告人の本訴請求を認容し上告人らの反訴請求を棄却した第一審判決を取消すべきである。

よつて、民事訴訟法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(室伏壮一郎 横山長 河本誠之)

目録(一)、(二)〈省略〉

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